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5月11日黒にんにく会、清水シェフのプロフィール

5月11日21時より
黒にんにく会
ゲスト【シェシュシュ】
オーナー清水シェフ







原価を下げる為に
素材の質を落とすくらいなら
料理人辞めます。
  •  


    みやむ〜のにんにくについて。

     

    仕入れの原価は抜群に上がりましたけど、一度使うと元には戻れないというよも戻りたくない! 


    良い素材に出会うことができれば料理は間違いなく美味しくなります。

    身体は食べたものから作られていきますから何を食べるのか?

    とても重要ですけど簡単な事です。生身の人間に化学的な物は必要ないですから僕は使いませんし、料理教室や小学校へ出向いての食育の授業でも伝えています。

     

    ガソリンを飲む人いないでしょと。 他のお店の人達からは、食材に拘っていますねと言われますけど、僕はこれが当たり前の事と認識しています。

     

    そして生産者がいなければ僕は料理を作ることができません。お付き合いしている生産者に感謝しています。 

     

    みやむーのにんにくを紹介してもらった時、正直値段に躊躇しましたが、好意で送ってもらったにんにくを試食した瞬間、やっぱり使いたいと思うほどの美味しさでしたね。

     

    原価を下げる為に素材の質を落とすくらいなら料理人辞めます。




     




    1970年愛知県産まれ
  •  
  • 中学3年の春に板前だった叔父の姿を見て料理人になろうと決意。


    高校へは進学せず料理の道に進みたいと思っていたが、高校は卒業しとけと進路の先生に説得され高校へ通うはめに。

    部活のテニスに没頭してお勉強はそれなりに。

    高校の頃親戚もいたので京都へはよく足を運びお寺を見て回るのが好きでした。

    ちょうど高校3年の時に金閣寺の金箔の張替えが終わったのと推薦入試が同じ時期だったので、観光する為に入試を受けた。

    ユースホステルに宿泊しましたが、当日僕を含めて3人の入試目的の相部屋で、二人は試験対策に対して僕はガイドブックを広げてスケジュールチェック(笑) 僕は高校卒業後に大阪にある辻調理師専門学校に行くつもりにしていましたが、ユースで一緒だった奈良在住の子から関西ではあまり評判が良くないと聞き京都の専門学校に決めた。


    30年以上前は、今ほど細かい分類も知らなかったので洋食=フランス料理と思い込み今の道に。



    妄想とは怖いもので、3年修行してから3年フランスで仕事して自分のお店を持つという青写真がなんとなく自分の中で出来上がってた。


    でも実際働き出したら、 現実の厳しさと自分の仕事のできなさを目の当たりにしました。


    別の叔父が東京ヒルトンで仕事したんですが、コネ入社に反対だった親の意向もあり名古屋ヒルトンの開業年に試験を受けて採用。


    ヒルトンは海外研修制度もあったのでお金をかけずに海外で働けると思いきや、僕の配属された部署はカフェレストランのコール場と言って一日中サラダやサンドウィッチ、フルーツの盛り合わせを作る仕事。


    開業したばかりで忙しく1日12時間勤務。 初めての休みの時に、ホテル内の英会話教室に行く時間がない。


    この仕事を3年続けて何が身につくのか疑問になり結局2週間で辞めました。

    その後工場でお金をためてフランスへ飛び立ちます。


    フランス語は話せません。
  • パリのラーメン屋さんでフランスで働きたいと相談してみたら、フランス料理はまずビザが下りないから紹介で来た方が良いから日本で頑張っておいでと言われ、地元のレストランに色々と出向きそこのシェフに話を聞いてもらいました。



    一人で全てをしているお店が気に入り、 履歴書をもって飛び込むも、 誰も雇うつもりないからどこかで勤めて研修においでと断られます。

    そこを個々のお店に朝から夜までいたいと懇願してお小遣い程度しか渡せないといわれても、お金が問題じゃないと快諾です。

  • 初めての給料日に手渡されたのは、 3万円+交通費1万円。 何気に自給を計算してみたら100無かった。。。 その後先輩の紹介で京都のホテルで働くことに。

    そこで自分の出来なさを痛感させられました。
  •  


  • 同期はそつなく仕事をこなしますが、僕は失敗ばかり。
  •  
  •  
  • 二人が同じことを言っても、 同期は笑いで済み僕はキレられる。

    先輩には、 明日から来ないと告げ帰るも 翌日も仕事に来て怒られ蹴られる日々。

    以前から面識はありましたが、 23歳の時に今では親父と呼ぶ師匠に出会いました。

    京都でフレンチに携わっていれば知らない人はいないほど有名かつめんどくさい人(笑) 料理に対する情熱が熱すぎて波長が合わないと潰されます。

    僕は情熱はそこまででしたけど、 なぜか波長が合ってたようです。

    仕事中の厳しさはまぁ凄いですよ、 ただ仕事が終わってから食事に行くと仕事の話は一切なし。


    お酒を強要するわけでもなくて自分のペースで飲めばよいと。

    ここでonとoffを自然に学びました。
  •  
  • その後地元に戻り師匠の後輩にあたるシェフがおるお店でも月に一度研修させてもらい、3年フランスに行くなら手紙を書くよと言われたんですが、いざその場になると3年長いなぁとしり込みし断っていました。
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  •  
  • この時26歳。

    その後は自分に言い訳をしてフランスに行かなくても良いと逃げ道ばかり作っていました。

    31歳の時に、 いずれお店を持ってもフランスに生きたっ方という気持ちは残る、 フランスに行くには最後のチャンスとようやく奮起して先輩たちに仕事先を紹介してもらいました。

    決まった仕事先は、 エシュヌヴというスイス・ジュネーヴにほど近い田舎のオーベルジュ。

    ファックスでやり取りして格安航空券にて乗り継ぎしたら日本からジュネーブまで23時間。

    入国を済ませてゲートを出ると迎えに沢山の人がいて僕の迎えは誰だろうと見渡しても誰も僕には反応してくれない。

    そして最後は僕一人。

    えっ迎えに来てくれていない? ただただ呆然。

    これって無茶苦茶焦ります。

    急遽実家に電話して向こうの電話番号を聞き電話してみると、 なんだもう着いたのか? いやいやファックスで伝えてあるでしょ?
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  • フランス時代から独立するまでは割愛


    2003年にシェシュシュという店名のお店を地元、愛知県小牧市でオープン。



    32歳でフランスからの帰国直後ということもありトッキントッキンに尖ってました。

    その後フランス料理店として提供し続けてきましたが、父親が癌になり闘病生活に寄り添いながらしていた事は薬に対して調べることだけ。

    悔しいけど他界してしまった後から調べ直した食の事。

    口にするものから身体が作られるという当たり前のことに気付き、 料理人としてお店で料理を提供すること以外にできる事は、食の重要性と大切さを伝える事として親子料理教室を始めた。


    今年で7年目に入ってます。

    子供たちは選ぶことができませんから 親御さんたちにしっかり選んでもらいたい、 食事は自分たちで作って家族団らんの時間にしてほしいとの願いからのスタートです。

    それまでは部分的に良い食材を使用していましたが、 それでは説得力がないとすべての食材に 安心・安全を最低限、 そして美味しいを基準に変えました。

 

 

最後にひとこと

当日はみなさんとお会いできることを楽しみにしております!

 

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Profile
Expert
幸せを追求し、自然を感じ伝える次世代農家

みやむらゆうき

Mission
【ワクワクする日々を。100年後の地球をきれいに】
Senmon
にんにく 生き方 無農薬 農家 オーガニック 野菜

田子町ジュネ連絡協議会会長(ジュネとはえごまのことです)
田子町認定農業者連絡協議会役員理事
田子町野面平水利組合役員
八戸農業協同組合田子支部青年部、副部長
タイやオランダからの農家も見学に来る
宮村 祐貴 (みやむら ゆうき)
農家
みやむ〜のにんにく。
2018年6月 東北食べる通信「生大蒜」特集
2017年4月 田子町ジュネ連絡協議会 会長 
田子町認定農業者連絡協議会役員   理事
田子町野面平水利組合役員
八戸農業協同組合田子支部青年部   副部長
2021年7月20日 NHK【サラメシ】にんにくゴロゴロ豚汁、カレー、放送
「手植えで田植え」を主催
就農当初より、SNS発信で。にんにく収穫の最盛期にはのべ100人以上が協力参加。
無肥料無農薬、オーガニックにんにくの【極にんにく】を使用した
みやむ〜の黒にんにくは、ニキビ、肌荒れを無くし、美肌にします。
にんにくの嫌な匂いはなく、甘い黒にんにくはどんな料理にも合う。
「黒にんにく会」
黒にんにくを自宅へお届けzoom開催のイベントを月1回開催中
お取り扱い店舗
・うつみんのセレクトショップ 様
・神奈川県   やまゆり生協 様
・兵庫県焼肉店
・千葉県旭市 ガーリックプラス様
・青森県八戸市   レストラン澤内 様
・青森県八戸市   メキシコ料理店 オラレ酒場  様
就農当時、農薬をかけている時に頭痛がし、翌日から農薬の使用をやめ、翌年には化学肥料の使用もやめ全面積をオーガニック栽培。
しかし、収量は散々な結果に。
【食べることは生きること】
を掲げて農作業に励み、収量もなければ現代では生きていけない、生きづらさを体感。
この経験から、畑を分けて、栽培方法も分けることにする。
現状ある便利なものを使いつつも、「自然に優しい」農業と地域の文化・伝統の継承することに徹する。
田子町の伝統「マタギ」になるべく
2021年より、狩猟免許取得に向け活動。
自然に一番近くにいる農家だからこそ伝えられることがあるとして、多くの方に相談される。
宮村祐貴(みやむら ゆうき)
ニックネーム「みやむー」
1986年11月7日
青森県田子町(たっこまち)生まれ
先天性の心臓病で生後6ヶ月で大手術を経て、18才まで病院に検査に通う。
大都会に憧れて、上京。
足場鳶、居酒屋、防水屋、などなど職を転々とし。
父親のガン宣告で、帰郷し農家になることを決意。
趣味は、
お酒を飲みながら料理をすること。
キャンプ
薪割り

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