たなかかつなり講演会デビュー『諦めない』

受付は2012年8月31日(金)19:00で終了しました。

一度きりの人生を後悔しないために、ぼくが告白しなければならないこと

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このような方におすすめ

「どこか違う」「何か違う」と思いながら、悶々とした日々を送るあなたへ。

期待できる効果

誰にでも存在意義はある。誰も絶対に諦める必要なんかない。自分の声に正直に生きる。

受付は2012年8月31日(金)19:00 までです。

たなかかつなり講演会デビュー『諦めない』

本ページは、2012年8月31日に開催した講演会の告知ページに、

株式会社ヴェリータ様の許可を得て、講演会映像を追加したものです。
このどん底の最中に行なった講演会の数週間後、私は高取宗茂さんとの運命の出逢いを果たし、
翌2013年、『道に迷う若者へ』(高取宗茂著)一冊を世に出す為だけに立志出版社を立ち上げるに至りました。

「手売り5万部、3年以内に100万部を必ず販売する」ということを約束し、
2013年10月19日、リヤカーに同書を積み込み、全国47都道府県リヤカー行脚をスタートしました。
一冊一冊、日本中で本書を必要としている一人ひとりに、想いと共に伝え歩く活動をしております。


全国47都道府県リヤカー行脚
“MAKE” THE ROAD project ~100万部への道~
http://mtr47.jp

※本プロジェクトには、多額の資金を要するため、下記の応援者を募集致しております。
■田中克成講演会の主催・開催
■物販・セミナーDVDの販売
■書籍『道に迷う若者へ』取扱書店、取扱店舗の募集
■企業・個人スポンサーの募集


各種スポンサー様、商品のお求めはこちら。

【ショップ】http://www.reservestock.jp/stores/article/612/1688


問合せは、下記よりお願い致します。
【問合せ】 http://mtr47.jp/contact





これより、2012年8月31日講演会の内容です。



「諦めない」


演会、デビューします。


2時間、ただただ想いを発信したいと思います。
上手に話せるか話せないかはわかりません。
多分、上手には話せません。ただ、伝えたいことがあります。
そしてそれは、何人かの人には確実に届くと思います。


「諦めない」ってこと。
「カッコつける必要なんかない」ってこと。
「誰も凄くなんかない」ってこと。
そして、「誰だって凄いんだ」ってこと。
「ドタバタしながらでも、ガムシャラに生きようぜ」ってこと。
「負けてもいい、逃げてもいい、出来ないヤツでいい、
 それでも、自分に正直に生きようぜ」ってこと。
「賢い金の稼ぎ方じゃなくて、賢い見栄の張り方じゃなくて、
 今の等身大のまんまの自分の可能性に賭けようぜ」ってこと。
「みんな持ってるんだから、自分の中の本物を探そうぜ」ってこと。


愛ってなんだ?感謝ってなんだ?人を大切にするってなんだ?
正しい生き方ってなんだ?自分を生きるってどういうことだ?


ずっと探してきました。ずっと探してきた。
そういう人としての根本がなかなか腑に落ちない自分に、
無性に腹を立てながら、知りたい、知りたいって、ずっと探してきました。


言葉や活字で表現できるほど、
薄っぺらいもんじゃないってことだけは、分かってます。


今もよくわかりません。
でも、ぼくはその答えを知りたいと思っています。
この先ずっと、納得のいく答えなんて見つからないかもしれない。
でも、ぼくはそれを知りたいと思っています。


「こんだけいろいろやっといて、まだそんなことも知らないのか」って、
「結局、コイツはその程度の人間なんだ」って思われるかもしれない。


でも、もう誰に何を言われるかなんて、そんなことはどうでもいいと思います。
今の時点で、本当にわからないんだから、「わかりません」。


でも、心から知りたいと思います。心から知りたいと思っています。


愛ってこうだよ、感謝ってこうだよ、人を思いやるってこういうことだよ、
私には分かってるって人がたくさんいます。正直、羨ましい。正直、悔しい。
正直、本当かよと思う。正直、なんで俺には分からないんだって腹が立つ。


今まで何度も何度も自分に問いかけ、他人にも聞き続けてきました。
でも、誰も「教えられるもんじゃない」と言います。
「自分で探すしかない」と言います。だから、ぼくは探してきました。
これからもずっと探していこうと思います。でも、今は本当に分からないんです。


結局、この世のことのすべては、
自分の足で、手で、目で、探してくしかないと思います。


こうすりゃ成功できますよ、こうだから失敗するんですよ、
マーケティングはこうですよ、ブランディングってこうですよ、
お金を稼ぐってこういうことですよ。


今まで散々、お金と時間を使って「失敗しない方法」を学んできました。
賢く生きる方法を大量にインプットしてきました。


こうやりゃ、見栄が張れますよって方法もやってみた。
こうすりゃ成功者っぽく語れますよって方法もやってみた。
腐るほど学んで、実際にそうしてみて、ぼくが何を得たかって、

「結局、分からない」って疑問だけが強烈に頭にこびりついた。


そういった方法論が間違ってるなんてことを言いたいんじゃないんです。
マーケティングもブランディングもプロモーションも、それどころか、
虚勢を張ることも、ハッタリだって、嘘をつくことでさえも価値はある。


でも、もうそういうテクニックやノウハウにしがみつかなきゃならない
張りぼての生き方にはもうくたびれました。
ぼくはもうそこでは頑張れない。頑張る道が違うと思いました。


もっと正直に生きろって、もっと自分らしく生きろって、
もっとありのままを表現しろって、もっと魂のままに生きろって、
テクニックやノウハウの前に、自分の根底の器をデカくしろって、


そうやって生きれる自分に出逢うまで、
目に見えている虚像の世界にあぐらをかこうとする自分を許すなって。
ぼくの身体の中のざわつきが「頼むから!」って騒いでどうにもなりません。


このままその声に耳を塞いで、目を瞑って賢く生きても、
いつかその違和感に押し潰される自分がいるだけだって思えるんです。


生き方を語るつもりなんてありません。
ただありのままを語りたい。


ぼくが自分で作り上げてきた虚像を引き剥がして、
こんなちっぽけな人間なんだってことをみんなに知ってもらいたい。


もしかしたら逃げなのかもしれません。
破滅的な生き方なのかもしれません。


でも、ぼくはもっと熱く生きたいんです。


塗りたくった金メッキを溶かすほど熱く生きたいんです。
本気の人生を歩きたいんです。


ぼくの息子や娘に、これがパパの生き様だってことを
胸を張って生きれる父親になりたいんです。
失敗しない賢い生き方をあいつらに教えたくはない。


泥まみれになって、ドタバタと無様にすっ転んでも、
何度も何度も立ち上がって、何度も何度も挑戦する
そんな親父の背中を見せてやりたい。


「親父は不器用だ」って、「格好悪くて恥ずかしい」って、
もしかしたらあいつらは嫌がるかもしれないけど、
それでもあいつらの魂を震わしてあげられる生き方でありたい。
あいつらがどん底を体験した時に、
ふと親父の生き方を思い出せる生き様でありたい。


自分っていう人間の可能性を諦めるなと伝えたい。
他人っていう人間の可能性を否定するなと伝えたい。


存在意義がなければ、この世に在ることはできないんだってことを、
真剣に、心の奥底からの声で届けたい。


この世に1年生きてます、5年生きてます、7年生きてます、
10年、20年、30年、40年、50年、60年、70年生きてます。


なんで生きてるの?
なんで生かされてるの?


存在意義があるからでしょ。


目の前にコップがある。
目の前にパソコンがある。
目の前に携帯電話がある。


なんであるの?


存在意義があるからでしょ。


生きてるんでしょ。生かされてるんでしょ。


なんで?


みんな存在意義があるからですよね。


諦めるなよ、挑めよ、失敗しない人生なんか生きるなよ、
まだまだあんたたちの可能性はそんなもんじゃないぜって、
声を大にして伝えたいんです。


今のぼくにそれを語れる資格があるのかと聞かれたら、
そんなもん知らない。そんなもん知るかって話です。


でも、これから先、何十年生きてても、
この軸だけはテコでも動きません。


死んで焼かれてもこの信念だけは譲れない。


「この世に在るものすべてに存在意義がある。
 だから、自分の可能性を諦めちゃいけない」って。


ぼくのところには本を出したいって人がたくさん来ます。


「ビジネスを軌道に乗せたい」
「ブランディングしたい」
「本を出すのが夢だったんだ」


そう言ってみんな来てくれるけど、
ぼくが言うことはただ一つしかありません。


「そんな本をぼくに作ることはできません」


なぜなら、ぼくがまだちっとも稼いでないから。
ブランディングなんかできちゃいないから。
出版って手段は夢にはなり得ないと思ってるからです。


これから自己破産しましょうかって奴に、
儲かる本作ってくれってのは無理がある。


上っ面のブランディングをぶっ壊そうかって奴に
ブランディングが目的の本作りができるわけがない。


誰の夢もそんなちっぽけなもんじゃないって思ってる奴に、
夢を叶える出版なんてのは論外でしょ。


ぼくができる本作りは、ぼくがやりたいこと。


それは、目の前の人の存在意義見つけて、
存在意義を果たすための人生に、覚悟を決めてもらうこと。


そして、その最初の一歩を踏み出してもらうこと。
そのために背中を押してあげることしか、ぼくにはできない。


まだまだぼくの力なんてのはショボい。
ぼくがイメージしているその力の100分の1にも満たない。


でも、ぼくには、いつの日か必ずそれができると思ってます。
まだまだ俺の可能性の伸び代はこんなもんじゃないぞって思ってます。


本当にそんな力がぼくにあるのかどうかは知りません。
でも、ぼくはその可能性に賭けて、挑み続ける人生を生きたいと思ってます。


間違っても、悟りでも拓いたかのような生き方はしたくない。
分かってもないのに、分かったような体で、
机上の空論にもならない塩っぱい小便を世の中に引っ掛けて回る、
そんな生き方はしたくない。


まだまだ本気で生き抜いてもいないくせに、
時折、わかったような講釈を垂れてしまう自分が情けない。


言葉やテクニックやノウハウで必死に取り繕おうとしている
自分の小っちゃい生き方に飽き飽きする。


でも、知りたい、分かりたいって、
ドタバタと無様にずっこけながら諦めない生き方を送ったその先に、
必ず分かる日が来るんじゃないかと思う。


「ほんの少しだけ分かった」って言える日が来るかもしれない。


もしかしたら、ぼくにはずっと分からないのかもしれない。


それでも、ぼくは諦めない人生を生きたいと思っています。


ずっとそれを知りたくて、間違ったこともメチャクチャやってきたと思う。
信頼や信用を失ってしまったことも一度や二度じゃない。
不義理を働いたことも数えきれない。恩を欠いたことも星の数ほどある。


「でも、それって未熟だったから仕方ないよね」って話じゃないんです。


それはそれで最悪なんです。


それでも、正しい道を歩みたい。
信用、信頼に応えられる人間になりたい。
義理を果たせる男になりたい。
誰かの恩に報える生き方をしたい。


そうなりたい。そうなろう。って
自分の真ん中の声に向き合った生き方がしたいんです。


何の為かって?そんなこと知らない。
自分のエゴを満たしたいだけかもしれない。
結局、自分が可愛いだけなのかもしれない。


それでも、今はそうだと思う道に、
ただただ、正直に生きたい。


たくさん自分に嘘をついて生きてきたから、
もう嘘のない人生を歩みたい。


だから、ぼくは曝け出したい。
曝け出して、やり直したい。


ぼくは失敗を積み重ねて生きてきました。
浅はかな考えで行動して、たくさんの人に迷惑をかけてきました。


だから「もう諦めて、身の丈に合った生き方をしろ」って声もある。
「今のお前に何が伝えられるんだ」って。実際その通りだと思う。


誰かに何かを伝えたい。誰かに何かを届けたい。
「100年早ぇーよ」って。


そう、100年どころか、
人生やり直したって何にも伝えられないかもしれない。


今生に与えられた一生という時間で、完璧だなんて言うつもりはない。
一生、正しいんだか間違ってるんだかの葛藤の中で生きていくんだと思う。


ただ、間違いなく言えることは、今こうしてぼくは生かされていて、
こうして見栄も体裁も無視して、今、本気で伝えたいってことがある。
それだけは、間違いのない正直な声です。


マーケティングもブランディングも、
地球上のありとあらゆるテクニックも
その何かを伝える為に必要なスキルだと思う。
でも、それ以上に必要なことがある。
少なくともぼくにはそれがある。


自分に正直に生きるってこと。
見栄やハッタリの前に、
自分の可能性を諦めないってこと。
小さな成功体験より、
失敗や間違いを積み重ねろ、恐るなってこと。


地道に生きることって、ぼくは凄いことだと思う。
結婚して、家庭を持って、子どもを産んで、
両親や兄弟、地球上で一番身近で一番大切な人間だけに
有り余る愛情を注いで生きてる人って、本当に凄いと思う。


それがどんなに難しいことかって、ぼくにはよくわかる。
ぼくがそうしてあげたくてもできないから、本当に凄いと思う。


ぼくが今ドタバタ使ってるエネルギーを家族にだけ注げたら、
あいつらはどんなに幸せになれるだろうって思う。


3年前、そうしてやりたかったけど、できなかった。
サラリーマン時代にそうやって生きれりゃいいやと思ったけど、
結局、ぼくにはそれさえもできなかった。


独立して、もっと広い世界に飛び出して、実力が足りな過ぎて、
家族も一緒にどん底の暮らしに巻き込んでしまった。
ぼく一人のエゴのために。


あの時は、これが家族のためだって
真剣にそう思って行動していました。


でも、結局は自分のため。
結局は、自分のエゴを満たすため。


全部、諦めて家族のためだけに生きようって思った。
でも、やっぱりぼくにはできなかった。


後悔したくなかったから。
今の状態でそうしたら、いつか、ずっと年を重ねてから、
「俺はお前らのために夢を諦めたんだ」って、
そんなことを言ってる自分がいるような気がしたから。


今までぼくがやってきたことに、
そのプロセスに存在意義がなかったなんてこと認めたら、
それはぼくの信念を捻じ曲げるってことだから。
その生き方で、後悔しないわけがないから。


3年前、死に対しての価値を見出したことがありました。
「よし、今日、死のう」と思いました。


借金まみれで、子どもたちから自宅を奪うことが怖かった。
子どもたちを路頭に迷わせる俺の存在意義って何だって思った。
俺はコイツらを不幸にするために生まれてきたのかって。
自分の子どもを不幸にするための存在意義って何だって思った。


今月中に死ねば保険金が入る。それで、あいつらの家を守れる。
それで、あいつらを借金地獄のどん底から救い出してあげられる。
俺が一人で家族を巻き込んで蒔いた種だから、そうしなきゃって。


「ああ、これが父親としての俺にできる、唯一の責任の果たし方だ」


最後の責任を果たすことに存在意義を見つけられて、
「死」という行為に対して、心からの喜びを感じられました。


その日の深夜。子どもたちにメッセージを書きました。
「諦めるな、諦めるな、諦めるな」
ただただそればかりを繰り返す文章。


あいつらが大人になって、道に迷って人生を投げ出したくなった時、
この手紙があいつらにとって上を向けるきっかけになってくれれば、
もうこの世に思い残すことは何もないって。


いろいろやってダメだったけど、最後にあいつらを救ってあげられる
父親としての最後の責任を果たせる自分は幸せだって。


これから死に向かおうとしているのに、悲壮感なんて微塵もなかった。
ただただ、喜びに満ちていた。あの時は、言葉にすると薄っぺらいけど、
愛ってやつに包まれたこの上ない幸せの真ん中にいたんだと思います。


あのとき、深夜2時に母親が電話をくれなかったら、
ぼくは間違いなく実行できていたと思います。
怖いとか後悔とか悲観じゃなく、幸せの絶頂にいたから。


今思うと、
悲劇のヒーローの世界観の中にどっぷり浸かってたかもしれません。


でも、子どもたちを救うとか、ぼくが生きた証を残すとか、
そんなことよりも、ぼくにも存在意義がちゃんとあったんだってことが、
何よりも嬉しかった。それが、最高に幸せだったんです。


ぼくは何かの働きによって生かされた。
母親の愛かもしれない。もっとデカい何かかもしれない。
もしかしたら、ただの偶然だったのかもしれない。
小心者でビビり症の自分がぼくを救ってくれたのかもしれない。


でも、確かに何かの働きによって、生かされたんです。


3.11の震災の時、ぼくは新宿駅前のビルの中にいました。
大きく揺れるビルの中で、打ちっぱなしの天井に亀裂が入って、
コンクリの粉がパラパラ降っていて、
上のフロアの配管が破けて、水がドボドボと天井から落ちてきた。
新宿駅の最上階のガラスが飛散して、キラキラと空を舞っていた。


「成す術はないんだな」と思った。
「このビルが崩れた時点で、今まで俺がやってきたことって、
 一瞬でリセットされてキレイさっぱりなくなるんだな」と思った。


崩れた瓦礫の下に埋まっている肉体から離れて、
上空からその姿を呆然と眺めながら、
「全部、間違ってた」と思った。


「俺がやるべきことはこんなことじゃなかった」って。


あの時、成す術がなくて死への覚悟を決めたぼくに、
脳みそがリアルの現実から退避させてくれたんだと思います。


揺れが収まって、非常階段で地上に向かいながら、
「これから何をどう生きていきゃいいんだ?」って、
そればっかりを考えていました。


今までが全部間違いだったとしたら、
今日から、何をどう変えて生きて行けばいいんだ?って。


それから半年以上、悶々と考えるだけの日々が続きました。
「もう間違えた生き方はしたくない」って、
間違えて取り返しのつかないことになりたくないから、
“何も行動しない”って日々を半年以上も過ごしました。


ただ悶々と過ごすだけ。仕事がなくなり、収入が途絶え、
せっかく築けそうだった家族の幸せを、またどん底に貶めた。


そんな中で、「書きなさい」「自分の道を行きなさい」「伝えなさい」って、
意味の分からないメッセージが聞こえるようになりました。


何を書くの?俺の道って何?何を伝えればいいの?


その声の意味することなんて、何も分かりませんでした。
今だってまだ分かっちゃいません。


10月に入ってから、とにかく稼がなきゃって、
また前と同じやり方で必死に稼ぎ始めた。


だけど、もう息がもたなかった。
前と同じやり方じゃ、息が続かなかった。


12月、1月は、また何も動けなくなった。
電気が止まり、ガスが止まり、携帯も止まって、
今年の1月末、ぼくの誕生日の2日前に、
銀行から住宅ローンの7,000万円を一括で返済するか、
家を手放してゼロからやり直すか、
どちらかの選択肢しかもうありませんと告げられた。


肩の荷が下りた気分だった。
全力で走ったり、立てずに動けなくなったりした3年間に、
ようやくピリオドが打てると思った。
「ゼロからやり直す」って響きがとても心地よかった。


ずっとゼロからやり直したかった。
「これでやっと、まともなビジネスができる」と呟いた。


それでやろうと思ったのが、「GINZA寺子屋」
3年前の自分を救ってあげられる何かをやりたいって。


6月に200名もの方が集まってくれて、
盛大にオープニングパーティーを開くことができた。


でも、決して楽じゃなかった。
500名の会場を借りて、10日前まで申し込みはたったの2人。


何度も中止にしようと思ったし、
それなりの言い訳を取り繕って、延期にしようとも考えた。


たくさんの方がぼくを心配してくれて、
「もう今回はやめたほうがいいぞ」とアドバイスをしてくれた。


「今のその数が現実だ」って。「受け止めろ」って。
「今回は支持されてないんだ」って。「お前らしくないんだ」って。
「今、お前に着いてきてくれてる人たちにも
 迷惑を掛けることになって信用を失うぞ」って。


そうだ、俺は支持されてないんだ、もうヤメよう、
せっかくやり直せるんだから、無難にやろう、賢く生きよう。
家族をどうやったら幸せにできるのか、
それだけを考えて生きる人生もきっと悪くないはずだ。


でも、やっぱり最後は諦めたくなかった。


パーティーをじゃなくて、自分の中の可能性なのか、
存在意義なのか、何だかよくわからないけど
とにかく諦めたくなかった。


このまま2人しか来てくれなかったとしても、
最後までできることだけはやり尽くしたいと思えた。


たくさんの人に迷惑を掛けるかもしれないけど、
信用をなくして取り返しのつかないことになるかもしれないけど、
それよりも、ぼくは「最後まで諦めなかった」という事実だけが欲しかった。


このパーティーをやり切って、それでも失敗に終わったら、
心置きなく、家族の幸せだけを考える人生にシフトできると思ったから。


何が何でも成功させるんだって気持ちで、残り10日間を突っ走った。
協力してくれている方たちにも、しっかり恩を返したかった。
たった2人かもしれなかったけど、来てくれた人たちに、
全力で何かを伝えて、「来てよかった」って言ってもらえる
そんなパーティーにしたいと残り10日はそれこそ必死だった。


ぼくがこれ以上の自分の可能性に挑むには、
自分で拵えてきた虚像のメタボを完全に取り払わないと、
ぼくが見えているその先のステージに行くことはできないと思うんです。


あの時聞こえた
「書きなさい」「自分の道を行きなさい」「伝えなさい」って、
メッセージが何を意味しているのか未だに分かりませんが、
走り続けた先にしか見つけられないような気がしています。


今のぼく程度の実力や知名度で伝えられるかわからないけど、
「絶対に諦めるな」ってことを伝えるために、
今のこのボロボロの現状をリアルで伝えていくこと、
この手紙を読んでくれている誰よりもヒドイ生活を送っている
こんな俺みたいな人間でもまだまだ諦めちゃいないんだから、

「絶対に誰も諦めるな」ってことを伝えたいと思います。


失敗しないやり方を学ぶより、失敗から学べることのほうが、
100倍、1000倍、価値があるんだってことを伝えたい。


伝わらないかもしれないけど、発信したい。


たった1人でも「私も諦めない!」「自分の可能性に挑みます!」
って人がいてくれたら、ぼくはまたそこから頑張れる。


日本や世界は、これから再建のためのスクラップに向かうと思う。
もっともっと、経済は衰退して、もっともっと、世の中は混とんとする。


でも、目の前に広がる現状と、感じられる幸せはイコールじゃないと思う。
どん底の中でこそ感じられる幸せが、本当の幸せなんじゃないかと思う。


必死に、懸命にもがきながら生きている自分を感じること、
必死に、懸命にもがきながら生きている仲間の存在を感じることが、
本当の幸せだったり、本当の喜びだったりするんじゃないかと思う。


便利な世の中は必ず便利じゃなくなる時が来る。
失敗しない勉強は、失敗すらできない頭でっかちな人間を量産する。


心のメタボを焼き尽くすほどの熱い生き方をしよう。
すべてを曝け出して、今、この等身大の自分を生きよう。


誰だって、本当は本気で生きたいんだと思う。
心の底から「自分の人生適当でいいや」って人はいないと思う。
熱く生きれる自分を、どこかで信じ続けてるんだと思う。


ぼくもそう。ぼくもそんな自分を信じている。信じたい。
ぼくの中にある可能性を信じて熱く生きたい。
何度も何度もできなくて、恥を曝してたとしても、絶対に諦めたくはない。


適当な人生を送って、本当に魂が身体から離れた時に、
「全部間違えてた」なんて、そんな悟りはいらない。


本気で生きたい。本気で生きれてないから、本気で生きたい。
本気で生きられる自分を、諦めたくない。


俺にだってできる。
だから、あんたちにだってできるに決まってるだろ!って伝えたい。


金が稼げるかどうかは知らない。
ブランドが築けるかどうかは知らない。
成功なんてのとは、真逆にいるぼくには全く分からん。


でも、「こうなりたい!」って自分に挑み続けることだけはできる。


だから、伝えたいと思います。
本気で、今のぼくのありのままを伝えたいと思います。
一人ひとりに存在意義があることを、届けたいと思います。


成功する方法なんてぼくからは学べません。
この講演で、テクニックやノウハウを語る気はまったくありません。
出版する方法もプロフィールのウンチクも集客のノウハウも
ここでは何も語りません。


ただただ、諦めるな、それだけを感じて欲しいと思います。
こんなクソ味噌の人生を送ってるヤツでも、
「まだまだ!」って、「自分の可能性に挑戦していいんだ!」ってことを
本気で思ってそう生きている奴がいることを、知って欲しいと思います。


愛も感謝も人の大切さも分かっていない35歳のバカタレでも、
本気で伝えれば、言葉じゃない何かを届けられるんだってことを、
証明したいと思います。


今度の講演で、ぼくの全てを曝け出して、
自分で創り上げた虚像も全て打ち明けて、
真っ裸の人間たなかかつなりを暴露したいと思います。


「俺の生き様を認めてくれ」ってのが本当の動機かもしれません。
「みんな、俺のことを知ってくれ、構ってくれ」って言いたいだけかもしれません。


正直、この講演会を開催する、本当のところの動機が
どこからやって来ているのか、よくわかりません。


ただやりたい。俺にしかできない。やらなきゃいけない。


使命感なんて大そうなもんじゃなく、もっと自分向きの矢印だけど、
自分が今この時間を回している歯車の一端を担ってるんだとしたら、
やんなきゃいけないことのような気がしているから、やりたいんです。


この講演会は、ぼくが熱く生きれる場所に立ちたくて開催します。
ぼくの外側を塗り固めた虚像を引き剥がすために開催します。
誰の為でもありません。
使い古された台詞ですが、ぼくがぼくである為に立ちます。


ぼくがぼくの存在意義を果たす為の第一歩です。
そのために語ります。ぼくがぼくの生き方を自分自身に示す為に。


その結果として、たった一人の誰かの魂に少しでも響かせられたら、
今の俺にできることをやったんだって、納得できると思います。


この講演会に来たら、「こうなれますよ」「ああなれますよ」なんてことは、
何一つありません。


だから、来たほうがいいですよ、なんてことは言えません。
ただ、来て欲しい。感じて欲しい。ただそれだけです。


ありがとうございます。

OFFICE1019企画事務所
代表  た な か か つ な り




アップロード日: 2012/09/08
『諦めない』たなか かつなり 講演デビュー本編映像


「たなか かつなり」初の講演会『諦めない』を収録(1h 50m)
撮影場所:BIZ 新宿 (東京都新宿区)
2012.8.31 BIZ 新宿
主催:たなか かつなり講演会実行委員会
協賛: 株式会社 ヴェリータ verita.jpn.com
企画: O F F I C E 1 0 1 9 企 画 事 務 所

第一部:一度きりの人生を後悔しないために、ぼくが告白しなければならないこと/75分
第二部:バックドラフト理論/Q&A/『父より 最後の説教』/ 35分(1時間15分31秒〜)



2年前、この講演会の直後、ぼくは事務所でまったく動けなくなりました。

寝袋の上で、一歩も動けない日々を数週間送ることになりました。


不必要なプライド、見栄、メッキのブランディングを、

こうして人前で洗いざらい話すことで、無理やりにでも剥がしたかったのだ思います。

そうしてたった一つ残る自分の中の“ホンモノ”を見極めたかったのでしょう。


そんな状態の僕を、親友の武富ゆうすけという男が、

何も言わずに僕の事務所を訪ねてくれ、著者高取宗茂さんに引き合わせてくれたのです。


今、僕はその高取宗茂さんに頼み込んで書いてもらった

書籍『道に迷う若者へ』をリヤカーに積み込み、自らの足で全国に届けて歩いています。


この頃、ずっと探してた存在意義を確かに持って、一歩一歩、今後も進んでいきます。



株式会社立志出版社

代表取締役  田 中
克 成




全国47都道府県リヤカー行脚
“MAKE” THE ROAD project ~100万部への道~
http://mtr47.jp


※本プロジェクトには、多額の資金を要するため、下記の応援者を募集致しております。
■田中克成講演会の主催・開催
■物販・セミナーDVDの販売
■書籍『道に迷う若者へ』取扱書店、取扱店舗の募集
■企業・個人スポンサーの募集


各種スポンサー様、商品のお求めはこちら。
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田中克成講演デビュー参加者アンケートより

『諦めない』  2012.8.31 BIZ新宿


「さすがアインシュタインの脳をお持ちだと思いました(笑)」
「すべてをさらけ出す人柄に好感です!」
「かつなりさんの講演は、異色であり他に類を見ないのかも!?」
「お母さんの話は何度聞いても感動です!」
「失敗しててもやりたいメッセージを発信しよう!が良い!」
「笑える!」
「失敗に負けない不屈の精神!」
「人生は振り子」の話を聞いた時、なんだかとっても元気が出ました」
「すばらしいお父様からのお手紙、感動しました!」
「本音とそのままの姿に共感!」
「これからも諦めないで進んでいって!」
「失敗してもやりたいことをやる!」
「失敗を活かしブランドにしてほしい!」
「今後も仕組みづくりではなく、非効率な教育に生きて欲しい」
「一人でも多くの人をあなたの失敗談で救ってあげて下さい」
「身近であり、手の届く感であり、頑張って欲しい」
「2023年までにリーダーを増やすかつなりさんの考えが良い」
「“ビビったら行け!”が響きました!」
「お父様からの「最後の説教」は心に響きました」
「あなたのままで導いて下さいませ♪」
「何があっても諦めないでください」
「諦めないかつなりさんが、
 私たちの希望な気がします。そして私も諦めません」
「失敗してでもやりたいことをやる。
 ビビったら行け!自分の可能性を諦めない。
 突っ走ってください」
「ブランディング、マーケティング界において
 新しすぎる形の確立を期待しています!」
「お母さんからの電話のくだりはグッときました」
「依存期から共存期のプロセスの話は良かったです」
「世界のリーダーとなるべき日本人を育ててください」
「諦めずに進んでいく姿を見せて欲しいです」
「これだけの人前で、「稼げてません!」って、
 オレももっと本音で生きたい!」
「超おもしろいことガンガンやってください」
「78年周期の話が面白かったです」
「お母さんからの深夜の電話の話、
 お父さんからの最後の説教の手紙、素晴らしかった」
「自分に正直に生きる」「ビビったら行け!」
「全部話してしまうかつなりさんが天才!」
「今までのセミナー講師の方の中で
 一番、どん底までいっちゃった経験をされてると思いますが、
 そんな暗さは微塵もない感じが、
 さすがアインシュタインの脳をお持ちだと思いました(笑)」
「諦めない」私も諦めません!

田中克成講演デビュー参加者アンケートより
『諦めない』  2012.8.31 BIZ新宿


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受付は2012年8月31日(金)19:00 までです。
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"怖れ" の先にある世界を 一緒に 観に行くこと

山下 瑞恵

"怖れ" の先にある世界を 一緒に 観に行くこと

開催要項

開催日時
2012年8月31日(金)
開場 18:30
開始 19:00
終了 21:00
場所

BIZ新宿1F多目的ルーム

参加費

無料

キャンセルポリシー


定員

100 名

申込受付期間

2012/8/ 7(火) 00:00  ~ 2012/8/31(金) 19:00まで

主催者

株式会社ヴェリータ(SOB主催)

お問い合わせ先電話番号

お問い合わせ先メールアドレス

受付は2012年8月31日(金)19:00 までです。
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